中本葬祭ブログ

喉仏の分骨と「お髪上げ」|熊野妙法山阿彌陀寺に伝わる慣習

2026/09/18

熊野のお髪上げについて家族で確認する白い布と閉じた小箱を整えたイメージ画像

新宮市、那智勝浦町、太地町、紀宝町周辺で収骨に立ち会い、「喉仏と呼ばれる遺骨を小さな容器へ分けます」「妙法山へお髪上げをしますか」と聞かれ、初めて知る方がいます。お髪上げは、熊野妙法山阿彌陀寺へ遺髪や遺骨を納める地域の慣習です。

ただし、今もすべてのご家庭が行う決まりではありません。近年は出向く方は年々減少しており、行くかどうかは各ご家庭の判断に委ねられています。慣習に合わせることを正解にせず、ご家族の意向を優先してください。

お髪上げは熊野妙法山阿彌陀寺へ遺髪や遺骨を納める慣習です

寺院名の公式表記は「熊野妙法山 阿彌陀寺」です。阿彌陀寺の公式ページでは、今から約900年前の平安時代後期、熊野へ参った人々が自らの頭髪を納め、来世での極楽往生を願ったことを、お髪上げの始まりと説明しています。

その後、鎌倉時代中期ごろからは、親族が亡くなったときに遺髪を納める形へ移り、現在は「のど仏」と一般に呼ばれる遺骨を小さな分骨箱に入れて納める方が多いと説明されています。遺髪や遺骨は境内の納骨堂へ納められます。

時代による違いを、寺院公式の説明から整理すると次のようになります。

時期・背景納めるもの資料上の説明
平安時代後期から参拝者自身の頭髪自身の分身である髪を納め、来世の極楽往生を願った
鎌倉時代中期ごろから亡くなった親族の遺髪親族が故人の遺髪を納める形へ移った
火葬が行われる現在遺髪、または喉仏と呼ばれる遺骨小さな分骨箱に遺骨を納めに来る方が多い

この表は慣習の変化を理解するための整理であり、どのご家庭にも同じ方法を勧めるものではありません。由来や信仰上の意味は阿彌陀寺の公式説明に基づくもので、葬儀社が教義の正否を判断するものでもありません。

この地域では喉仏と呼ばれる遺骨を別に収める形がありました

中本葬祭の地域実務記録では、火葬後の収骨で、ご遺骨を骨箱の中のさらしの袋へ納める一方、喉仏と呼ばれる部分だけは小さな分骨用の容器へ別に収め、故人の遺髪とともに阿彌陀寺へ納める形が長くありました。

この地域で骨壺ではなく、さらしの袋へ収骨する方法は、新宮市周辺の納骨とさらしの袋で詳しく説明しています。外側の骨箱、遺骨を収めるさらしの袋、お髪上げ用の小さな容器は役割が異なります。

土葬が行われていた時代は喉仏の遺骨を分けることができないため、遺骨の代わりに遺髪を納めていた一方、平安時代後期には本人が生前に頭髪を納め、その後に親族が故人の遺髪を納める形へ移ったと説明しています。現在の遺族が納める形と、生前の本人が納めた歴史を混同しないことが大切です。

現在は減少傾向で、行くかどうかは各ご家庭が決めます

阿彌陀寺の公式ページでは、お髪上げが現在も残る慣習として説明されています。一方、実務上は近年、菩提寺から「遺骨は一カ所、同じお墓の中に」と案内される例が増え、実際に阿彌陀寺へ出向く方は年々減少しています。

これは「もう行ってはいけない」という意味でも、「地域の人なら行くべき」という意味でもありません。完全になくなった慣習ではなく、今も続けるご家庭があります。続けるかどうかは、故人の希望、先代までの慣習、ご家族の考え、菩提寺の案内を踏まえて決められます。

この慣習は宗旨を問わず受け継がれてきましたが、実際の納骨方法や菩提寺との関係はご家庭ごとに異なります。特定の宗派だから必ず行う、または別の宗派だから行わないと決めつけず、必要な確認を行ってください。

収骨前に5つの順番で確認します

火葬後の収骨で初めて聞いて慌てないよう、次の順番で整理します。

  1. 家にお髪上げの慣習があったかを確認する
    過去に親族が妙法山へ納めたことがあるか、故人や年長の親族から希望を聞いていたかを、分かる範囲で確認します。分からなくても、無理に続ける必要はありません。
  2. 葬儀社へ収骨方法を確認する
    さらしの袋へ収骨するのか、喉仏を別容器へ収めるのか、遺髪を準備するのかを火葬前に確認します。
  3. 菩提寺の案内を確認する
    遺骨を一カ所へ納める方針があるか、お墓への納骨との関係をどのように考えるかを尋ねます。特定の寺院が必ず同じ方針だと決めつけないでください。
  4. 阿彌陀寺様へ現在の受け入れ方法を確認する
    納められるもの、参拝や納骨の日時、当日の流れは変更されることがあります。訪れる前に現在の案内を確認します。
  5. ご家族の意向で最終判断する
    続ける場合も、行わない場合も、慣習だけで正誤を決めません。故人とご家族の希望を優先し、無理のない形を選びます。

遺骨の一部を分けて供養する方法全般は、熊野での手元供養と分骨でも説明しています。一般的な手元供養と、阿彌陀寺へ納めるお髪上げは、目的と納め先を分けて考えてください。

遠方に住むご家族は「するかどうか」より確認先を決めます

都市圏から戻るご家族は、お髪上げという言葉自体を初めて聞くことがあります。すぐに歴史や作法をすべて理解するより、収骨方法を誰に確認するか、菩提寺へ何を尋ねるか、阿彌陀寺へ行くかどうかを家族でいつ決めるかを整理する方が実用的です。

収骨の基本的な意味や一般的な流れは、お骨上げ(収骨)の意味と注意点も参考になります。ただし全国向けの骨壺を前提とした説明を、この地域の収骨方法へそのまま当てはめず、さらしの袋と小さな分骨容器の扱いを葬儀社へ確認してください。

葬儀というのは、地域の慣習やご家庭の伝統が現在も関わることがあります。資料に答えがない点を一般論で埋めず、分からない場合は菩提寺、阿彌陀寺、中本葬祭へご確認ください。

よくある質問

お髪上げとは何ですか

熊野妙法山阿彌陀寺へ遺髪や遺骨を納める慣習です。公式ページでは、平安時代後期に参拝者が自らの頭髪を納めたことに始まり、現在は亡くなった親族の遺髪や、喉仏と呼ばれる遺骨を納める形が残ると説明されています。

喉仏の遺骨は必ず別に収めますか

お髪上げをしないご家庭でも必ず別に収めるのかは、一律に判断できません。収骨前に葬儀社へ確認し、お髪上げを検討する場合は菩提寺と阿彌陀寺の現在の案内も確認してください。

この地域の家なら、お髪上げをするべきですか

いいえ。中本葬祭の地域実務では、出向く方は年々減少しており、行くかどうかは各ご家庭の判断です。故人の希望、家の慣習、菩提寺の案内、ご家族の意向を踏まえて決めてください。

宗派が違っても納められますか

この慣習は宗旨を問わず受け継がれてきました。ただし、現在の受け入れ方法と、ご家庭の菩提寺がお墓への納骨をどのように案内しているかは、事前にそれぞれへ確認してください。

慣習を知り、ご家族で選べる形にします

お髪上げは、熊野妙法山阿彌陀寺へ遺髪や喉仏と呼ばれる遺骨を納める、長く続いてきた地域の慣習です。一方、現在は出向く方が減り、すべての家庭が行う形ではありません。

収骨前に、家の慣習、分骨容器の準備、菩提寺の案内、阿彌陀寺の現在の受け入れ方法を整理したい方は、中本葬祭の資料請求・お問い合わせから事前相談をご利用ください。慣習を押しつけず、ご家族の希望に沿って確認します。

出典

出典確認日:2026年9月18日

この記事の監修

中本 吉保(なかもと よしやす)/専務取締役・厚生労働省認定 1級葬祭ディレクター

平成12年(2000年)に中本葬祭を創業。以来25年以上・7,500件以上のご葬儀に携わり、「どうすれば故人様が喜んでくださるか」を考え続けています。

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